「冷えとり靴ができるまで」
 
 いつからかテレビを見ていると視界の端に、ピンチハンガーにつるされたたくさんの靴下があることに気づきました。一般的な靴下は足なりにあわせてくの字になっているけれど、この靴下たちは、干されたかんぴょうのようにすらっとしていて扇風機からの風にかすかに揺れている。この靴下は「冷えとり」のために履く靴下で、妻は「冷えとり」をするようになってから体調面でよくなったことがたくさんあるそうです。
 
 「冷えとり」とは、下半身をあたためて頭寒足熱の状態にすることで自己治癒力や免疫力を高めて健康になるという健康法のこと。具体的には、半身浴をすること、お風呂以外は靴下を履いて足もとをあたたかく保つこと、食べ過ぎをしないこと、心おだやかに過ごすことをします。「冷えとり」のために重ね履きする靴下は絹やウールなどいくつか種類があり、たとえば、絹・ウール・絹・ウールの順番に重ねて履きます。1枚目、2枚目に履く靴下は先が5本指に分かれています。そうやって4枚も、5枚も靴下を履くため、足はもこもこと大きくなります。その靴下を履いたまま靴を履こうとするとそれまで履いていた靴をそのまま履くのは難しくなります。
 
 妻は靴下の重ね履きをはじめた頃から、靴がふたつ変わりました。
まず、4枚の重ね履きをはじめた時にそれまで履いていた靴が履けなくなりました。その後、5枚重ねになると、それにあわせてまた靴のサイズをあげることになりました。でも、これがまた体調や季節によっても履く靴下の枚数は変わるようで、その時々で履く靴のサイズが異なることになります。(足のむくみも夏と冬では異なってきます。)
 
 冷えとりをされている方はいつもどんな靴を履いているのだろう?
 靴づくりを仕事にしている自分たちにとって興味が向くのは自然なことでした。実際、冷えとりをされている方に話を聞くと「ほぼ一年中サンダルを履いている・・・でも、靴があれば履きたい」と答える方が多いことがわかりました。
 
 冷えとりをされているひとたちの日頃の靴選びに対する考えや思いなどを聞きながら靴づくりはできないか、そんな思いからこの「冷えとり靴」をつくる企画がはじまりました。
 
 
 
第一回、冷えとり靴座談会
 
 冷えとり靴下を重ねて履いても履ける靴をつくろう、と思ったとき、冷えとりをされている方々が靴選びでどんなことに困っているのか、悩みがあるのか、まずはヒアリングからはじめることにしました。
 それが、2013年6月30日に開催された第一回冷えとり靴座談会です。
 


 
 うちの工房は雑居ビルの2階に入っているので、当日は1階の階段入り口に看板を置いたものの、目立たなかったようで、参加者の方から電話をいただくこと数回……わかりづらくて失礼しました。
 
 全員がそろってまずは自己紹介。
 冷えとりの靴下は何枚履くのか、いつもどんな靴を履いているのか、その靴を履いていてどうかなどをお話しいただき、そこから靴の改善点を洗い出してゆきました。
 
 冷えとりで靴下を重ね履きすると、どうしても足が大きくなってしまい、それまで履いていた靴が履けなくなります。そしてサイズをあげると靴が重くなる、つま先がつっかかりやすくなる、靴の中で足が動く、足が大きく見える・・・事前に「アイディア投稿」としてネットからご意見を頂いていた情報にも目を通しながら、実体験を交えて意見を交換してゆきました。(アイディア投稿をくださったみなさま、ありがとうございました!)
 なるほど、そうですよねぇ・・・とうなずきながらメモをとっていましたが、正直なところ、「これ、どうしたらいいのだろう……」と製作者にとってハードルの高い課題がたくさんありました(汗)
 
 こうして話し合いを進めてゆくうちに、ひとつのキーとなるテーマが浮かんできました。
 それは、靴下の重ね履きといっても4枚履きと10枚履きはまったく違う問題だということ。
 確かに冷えとりファッションの本などを見ていると、短靴(履き口が踝よりも低い靴)を履いているひとは4枚履き程度の人が多く、この方たちは多少柔らかい革の靴であれば履けてしまいます。一方、10枚前後を重ねるひとたちは切実に靴がないということ。もともと足が小さい方なら10枚前後靴下を重ねてもレディスの靴のサイズから選ぶこともできますが、多くの方が男性用の靴からサイズに合わせて靴を選ばなくてはなりません。男性の靴は女性が履くには重くてソールが硬いものが多いですし、そもそもデザインがメンズ向けでごつかったりします。
 
 というわけで、今回はまず「冷えとり靴下を10枚前後履く方たち向けの靴」をつくろうということに絞り、ディテールをまとめました。(冠婚葬祭に履く用のパンプスタイプの靴の希望も出ましたが、これは次の機会の課題としてゆきたいと思います)
 
◆靴下を10枚前後履くひと(それ以上履くひと)でも履ける靴であること
◆サイズが大きくても軽い
◆足入れしやすい
◆靴の中で足が滑らない
 →紐でしっかり結べる、靴の中のインソールが滑らない
◆ヒールは3センチくらい(それ以上高いと靴の中で足が前に滑る)
◆通年履ける(夏でも履ける通気性のよいもの)
◆ハイカット(足首の靴下のだぶつきを隠せる)
 
 

 
 次に、実際に工房にあるうちの「定番の靴」を履いていただき、どのくらいの重さだと「重い」と感じるのか感想を頂きました。
 ちなみにうちの靴は23.5cmで片足約340gです。とはいっても靴はやはり履いてみないとわかりません。また、紐靴ならば紐をちゃんと結んで履けば、手で持ってみたときほどの重さは感じません。重さを軽量化するのはひとつの課題ですが、しっかりと紐を結んで履ける靴をつくるということも大事なことです。
 

 
 靴を履いてもらった後には、おひとりずつ足計測を行ないました。
 冷えとりをしている方々のリアルなところを観察することができ、とても有意義な時間でした。
 冷えとりのファッションについて書かれた本を読むと、「靴はサイズの大きいものを履く」と書いてあるものをよく見かけます。ですが、実際に足を測ってわかったのは、足長は足囲ほど大きく変わらないということ。どうりで足囲にあわせて靴選びをすると、つま先が大きくあまってしまうのですね。
 また、靴下を絹・ウール・絹・ウール・・・で重ねた状態と、絹・綿・絹・綿・・・の重ね履きの状態では、足を触った感触が異なり、メジャーで測る数値にも差が出ました。同じ足のサイズのひとが同じ枚数の靴下を重ね履きしていても、素材の違いで靴を履いたときの足あたりの印象は違ってくるのかもしれません。
 また、足の横アーチ低下による開帳足・外反母趾の方も何名かいらっしゃいました。この場合、いつもはインソールに足の横アーチを支えるパットを使用するのですが、このパットが高すぎると靴を履くときに靴下でモコモコの足は入ってゆきません。それを解決するためには、ある程度の履き口の広さが必要…と、考察は尽きません。
 
 以上が第一回冷えとり靴座談会の開催報告レポートです。
 
 
いよいよ冷えとり靴の試作へ。
第一回冷えとり靴座談会での足計測のデータをもとに、木型を作製し、デザインを考えました。
 
◆靴下を8枚重ね履きしたときは、靴下1枚のときと比較して、足長は平均して1サイズ、足囲は平均して3~4サイズ大きくなる。
◆歩きやすく、靴の中で足が前に動くのを防ぐため、ヒールは3センチ。
◆インソールのカバーには起毛した革を使用して、靴の中で足が滑るのを防ぐ。
◆靴底にスポンジ素材を用いて、サイズが大きくなっても靴は軽く。
◆履き口を高くして靴下のだぶつきを隠し、足首をスッキリ見せる。
◆飾り穴を多用し、通気性よく蒸れにくく。
◆足囲にぴったり沿うように調整できる、紐靴。
◆広く設計された履き口で、足入れをしやすく。
 
これらをふまえてサンプルをつくり、第二回の座談会へ向かいます。
 
 
第二回、冷えとり靴座談会
 
 2013年7月28日(日)に、第二回冷えとり靴座談会を行ないました。
 今回は、前回の座談会でヒアリングさせていただいた内容をもとに試作した靴のフィッティング&感想会です。
 
 試作した靴(片足)をおひとりずつ履いていただき、①履くときの足入れのしやすさ、②履いた後のフィット感、③歩いてみての感想、④そしてそれを見ている周りの参加者の皆さんから気づいたことなどを教えていただきます。
 
今回、ご用意したサンプルの靴は
A.ハイカットのギリー
B.うちの「定番の靴」を冷えとり靴仕様にした外羽根
の2足です。
 

 
 まずは、A.ハイカットのギリーのフィッティング。
 このタイプの靴は、紐の締め具合によって靴下の枚数の増減に対応しやすいこと、飾り穴を多用することで靴のなかのムレを緩和してくれること、足首まで履き口の高さがあるので足首の靴下のだぶつきをおさめてスッキリ見せてくれることを想定してつくりました。
 

 
 そんなことを参加者の方々と話しながら試着していたギリー。「靴のベロがなかったらどうなるのだろう?」という意見があり、ものは試しとベロをカットしてみることに!
 きれいにバッサリといきました!!笑
 座談会参加者の方々からは「これ、いい!」「靴下のおしゃれが楽しめる」という声が多数聞かれ、悩みながらも「ベロなし」の案で商品化を進めてゆく方向になりました。この後、若干木型の修正をするとともに、デザインの微調整や飾り穴の開け方などを再検討し、冷えとり靴1足目を仕上げてゆくことが決まりました。
 

 
 次にB.うちの「定番の靴」を冷えとり靴仕様にした外羽根。
 うちの「定番の靴 スリーホール」をデザインのベースにして、ミシンの位置を調整することでより履き口を広くできるように設計しました。
 履いていただき、羽のかたちや底付けのしかたなどに「もっとこうなっていたほうがいい」という声をいただいているうちに、ふと気がつくと……あら?まるで「スリーホール」そのものではないですか……。
 ということで、なんと冷えとり木型バージョンの「定番の靴 スリーホール」を冷えとり靴の2足目にすることになりました!笑
 思いもよらなかった展開でしたが、たしかにこの靴はレギンスやレッグウォーマーを重ねてももたつかずにそっと収めてくれる、懐の広い子です。
 
 また、座談会当初は、靴下を10枚前後履くひとやそれ以上の方用に靴をつくろうと考えていましたが、この座談会での会話(とくに座談会にご参加くださったキャンディケイトのスタッフのみなさんが、お客様と接していて気づいたことのお話はとても参考になりました)の結果、8枚前後の靴下を履かれている方が一番多く、その枚数あたりから靴選びが難しくなるということで、8枚で履ける靴を想定することにしました。
 もちろん靴下の種類や足そのものにも個人差がありますので、この靴を靴下10枚でも履けたり、逆に7枚以下なら履けるという方もいます。あくまで8枚というのは目安とし、サイズ表記を過信せず、試着して選んでいただきたいと思っています。
 
 靴のベロを長くして幅ももっと広げる(最終的にはカット!)、踵の幅を出す、つま先の高さを確保……などなど、靴下を重ね履きしているからこそ気づく点をたくさん上げていただき、やっぱり何はともあれ履いていただくに限ると実感する、またしてもとても有意義な時間となりました。
 
本製作開始、お披露目会へ
 
 第二回冷えとり靴座談会でいただいたご意見をもとに、設計を再度検討しました。
 
◆「正活絹」の靴下の重ね履き8枚を想定
◆サイズが大きくても軽くなるよう、靴底にスポンジ素材を使用
◆靴下同士でも滑りやすいので、正しい歩行を確保するため、ヒールは3センチ
◆通年履けるよう、通気性をよくする
◆足入れがしやすいよう、履き口を広く設計する
◆紐をしっかり結ぶことで足が靴のなかで滑らないようにできる
(フィッティングの際に確認したところ、インソールのカバーは起毛していなくてもOKということに)
◆ギリータイプは、足首の靴下のだぶつきを隠せるようにハイカットにする
◆ギリータイプは、オプションでベロありも可能にする
 

 
 設計の見直しと平行して、冷えとり靴用の木型を修正しました。靴づくりの際にはこの木型に革をつりこんで成形し、靴のかたちにしてゆきます。靴づくりのまさに“土台”となる、靴づくりの方向性を決める大事なものになるので、修正してはサンプルをつくり、フィッティングチェックし、その修正点をまた木型に反映させて、修正、サンプルづくり、フィッティング……と精度を高めてゆきます。この頃は寝ても覚めても木型修正の日々でした。
 
 完成した木型は、業者の方に靴型(プラスチック製)としてサイズ展開してもらいます。今回は22.5cm~25.0cm用に展開しました。ここでのサイズ表記は、冷えとりをはじめる前の靴のサイズとなります。冷えとりをはじめる前に23.0cmを履いていて、靴下を重ね履きすると24.0cmになったという方には、今回の靴型では23.0cmが目安となります。
 
 できあがってきた靴型をもとにパターンを作成し、靴をかたちにしてゆきます。
 
 そうしてついに完成しました冷えとり靴!
 

 
 これまでは、8枚ほど靴下を重ね履きした状態で履ける靴を探すと、単純にサイズを2つも3つもあげて履かなければなりませんでした。それによってつま先が長すぎて躓きやすくなってしまったり、全体のバランスで靴だけが大きく見えてしまったりすることがありました。また、計測したデータをもとに木型のつま先の高さ(厚さ)も調整したので、靴下が詰まっていることで親指の爪などが圧迫されるのを緩和しています。
 冷えとりの本などを読むと、靴選びに関しては「大きなサイズの靴を履きましょう」とだけ書いてあったりしますが、それだけでは克服しきれない問題点に、靴の土台となる靴型づくりから取り組み、冷えとり靴というかたちにしたのが今回の試みです。
 
 わたしたちだけでは気づくことのできなかった点を、座談会の参加者のみなさんやメールをお送りいただいた方々とのやりとりのなかから見つけることがきました。それはとても有意義なことで、こういった靴を履くひととつくるひとの関係を築ける靴のつくり手でありたいと改めて思いました。
 こうやってかたちになった靴をさまざまな方が履いてくださり、感想をいただきながらさらに精進してゆけたら幸いです。
 
 冷えとり靴座談会にご参加くださったみなさま、メールでアイディアを投稿してくださった皆さま、ほんとうにありがとうございました。そしてこのページをご覧になってくださっているみなさま、これから今回の座談会からできあがった靴を履いてくれるみなさま、どうぞよろしくお願いいたします。
 
※現在、ギリーの生産は終了しております。
 
 
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